Tempest




ひゅうう、と風が鳴る。舞い散った木の葉を踏み分けて、人影が現れる。

年の頃17、8の若い娘。
無造作に横に束ねた金髪が、風に吹かれて揺れている。
彼女の目の前には「木の葉隠れの里」と記された木製の門がそびえている。
「ここだね」
そして娘は、昼間は解放されている門へと静かに歩を進めた。

目撃者に聞いた話によれば、奴の出現はだいだいこんな感じだったらしい。



モンブランをひとすくいして、けれど口には運ばずに。
「……嫌な雰囲気だな」
空中でフォークを停止させたまま、テマリはいきなりそう言った。

それを聞いたオレは、思わず周囲を見渡した。いのやサクラが好きそうな、洒落た感じの洋菓子店だ。近くに座ってるのは若い女ばっかりだが、そもそもケーキ屋にそれ以外の人種を見つけるのは難しい。むしろ、こういった場所にしては落ち着いてるほうだとは思うんだが。

「なんだよ、この場所気に入らねーの?せっかくお前が甘いもん食いてーっつーから連れてきてやったのに」
「いや違うんだ、そうじゃなくて……」
テマリは何か気にしているようで、しきりに視線を左右にやっている。

窓ガラスの向こうへといっていたテマリの視線が、ぴたりと止まった。
ずさっ!
そして、とんでもない速度でテーブルの下に身を隠す。

「……何やってんだ?」
「そういえば鉄扇が入り口のあたりにお願いします見つかりませんように外から見えませんように気付かずに通り過ぎてくれますように」
覗き込めば、テーブルの下に屈み込んだまま何やらぶつぶつと唱えている。壁にぴったりと背中をつけて、まるで怯えた小鳥か何かのようだ。

いきなり挙動不審になったテマリの姿に、店の客たちもざわめき始めた。

「何かやべーもんでも近づいてきてんのか?」
「あたしの伯母だ」
中腰になって話しかけるオレに対し、テマリは早口で囁き返す。
そこに潜んだ明らかな恐怖を、オレは確かに聞いた。

「……親戚だろ?偶然会ったんなら、挨拶しろよ」
「母の姉という間柄だが、それだけじゃない」
「意味わかんねーし」

何のこっちゃと眉根を寄せるオレのことなどまったく眼中にないといった風のテマリだったが、
「気配に気付かれたかも」
青ざめた顔でそう言うと、隠れていたテーブルの下から這い出し、身体を低くしたまま非常口の方に向かった。一度だけオレの方を振り返ると、まるで脅しのような文句を吐く。

「いいか、奴が襲ってきたら全力で逃げろ。もしくは殺す気でかかれ」
「っつーかお前のおばさんだろ?!」

疾風のように、金色の影が店に飛び込んできたのはその瞬間だった。

………………窓をぶち破って。



さっきまでオレらが座っていたテーブルの上に仁王立ちになったその影を狙い、テマリは警告もなしにクナイを投げる。
「おい!」
オレが言葉を発するか発さないかのうちに、その影はすでにふわり、と宙に浮き、室内のちょうど反対側に位置するカウンター席まで飛んでいた。

速っ!!

「まったく、ご挨拶だこと。乱暴なのは直っちゃいないようだね、テマリ?」
その謎の人物は息ひとつ乱さぬまま、カウンターの上に堂々と立ち上がる。
机の上に足を載せんなって親に教わらなかったクチのようだ。ロクなもんじゃねーな。

だが、オレはひとつだけ気になることがあった。

「お前、さっきおばさんって言ったよな?」
「ああ、その通りだ」
壁際に追いつめられた小動物のような、怯えた表情のテマリ。

オレは、もう一度その人物を頭のてっぺんから爪先まで観察する。

艶のある金髪。テマリに似た、きりっとした眉。眼光は涼やかにあくまで鋭く、いつかの我愛羅の奴を思い出す。肌は抜けるように白く、瑞々しい。砂漠の民とは思えないくらいに。すらりとしたスレンダーなラインと細長い手足は、顔立ちから想像できる年齢よりやや下だと言っても通用する体型だ。

つーか、小娘だし。

「同い年くれーだろ、どー見ても」
「この人は昔から若作りが得意なんだ!」

そーゆー次元かよ。

女はオレの視線に気付いたらしく、こっちを向いてにっこり笑った。
「あら、あんたテマリの友達かい?アタシはマリエ。あんたは」
「……奈良、シカマルっす……」
テマリからしたら肉食獣にでも見えてるらしい女だが、入店手段以外はいたって普通に見える。
「そうか、この近くを旅してて、テマリがこの里に来ているって聞いてね。これも何かの縁かと思って会いにきてやったわけなんだけど」

「伯母さま、覚悟!」
しかし、いつのまにかテマリは玄関脇に置いてあった鉄扇を手にし、
「口寄せ、きりきり舞い!」
「甘い!」
マリエとやらも同じ動作を見せる。

もうもうと煙が上がったのは、小娘の背後でだった。

「すんません、テマリ姐さん」
現れたカマイタチが申し訳なさそうに、短い手で耳の後ろを掻いている。
「マリエの姐さんのほうが、契約上位なもんで」

「莫迦だねえ、誰が巻物貸してやったのか忘れたのかい」
悔しそうに唇を噛むテマリを前に、そいつは呆れたように肩をすくめた。

「テマリ、あたしの用件はこれさ」
マリエはそう言うと、小脇に抱えていた袋からなにか白いものを取り出し、テマリに投げてよこす。束ねてあった紐が勢いでほどけ、ばさばさばさばさと音を立てて床にひろがった。

薄っぺらい冊子の束。

手近な一冊を拾って開いてみる。オレの目に入ったのは、えらい気合いのはいったヒゲオヤジの写真。センスの悪過ぎる横縞スーツに身を包み、慣れないスマイルと輝く金歯がとてもイタい。

つーか、これって……いわゆる見合い写真?

「いいかい、あんたももう年頃だ。花の命は短いんだよ。忍の生活続けたいっていうあんたの希望を尊重して、今日は『それでもいい』っていう奇特な殿方を探してきてやったんじゃないか」
「頼んだ覚えなどない!」
「いちいち頼まれる筋合いもないさ」

怒鳴るテマリだが、一方は聞いている様子もない。そもそも噛み合ってもいない。
「こちらの殿方は皆、家事は召使いにやらせればいいという主旨だからね。地方豪族に大商人の息子、よりどりみどりだよ」

大演説をぶつマリエと、頭に血がのぼっているらしいテマリ。ふたりをどうしようもなく眺めているオレの背後で、がやがやと外野が騒ぐ声がした。

「うわ、この顔キッツー。金以外に取り柄のないヤツね」
「こいつ、めっちゃジジイじゃん」
「あたし、このキモいオタクだけは勘弁だわ」
「砂忍って、こんなサイテーなお見合い制度なわけ?」
「うーん、木の葉に生まれて良かったわアタシ」

「うるさいっ!」
我慢が限界に達したらしいテマリの声とともに、何かが爆発するような音がする。煙玉だ。逃げる間もなくガスに巻かれた客たちはパニックに陥り、あちこちで悲鳴と、ぶつかり合う音。

「逃げるぞシカマル!」
数メートル先の視界もない中で、テマリがオレの裾を引っ張った。大混乱に紛れ、引きずられるようにその場を去るオレたちだったが。

てか、何でオレも……?



数区画先、袋小路の奥に身を潜め。
オレも例外なく混乱のまっただ中にあった。

「つーか、何だよあの強さ!上忍レベルだろ?!」
恐ろしく素早い身のこなしを思い出し、オレはテマリを問いただす。
「あのひとは忍じゃないぞ」
「いや、意味わかんねーし!口寄せしてたし!」
「古本屋のセールでまとめ買いした中にあったのが、あの契約書だったらしい」

なんだそりゃ。

「うちの親類でも伝説の人なんだよ、マリエ伯母さまは。男なら、ちょっといざこざに巻き込まれても、まあ犬に噛まれたようなもんだと思えばいいが」

そうか?

「あたしみたいな独身の娘は、そうもいかなくってね」

以前、いのが似たようなことを言ってたな。オレはそんなことを思い出す。しかしお節介も程度次第というか、山中家の親類はこんな強烈ではないだろう。

「とりあえず二手に別れよう。あたしが注意をひいてる間に、あんたは火影様に報告を。砂の忍の襲撃だのと誤解されたらかなわない」
昼なお暗い路地の奥で、テマリはまあ的確といえる提案をしてくる。

オレたちは後で落ち合う場所だけ決めて、その場を後にした。



「……で、誰が来たって?」

『書類処理中!緊急事以外は入室禁止!』と書かれた札も無視し、執務室に飛び込んだオレを迎えたのは、既に不機嫌を隠せないでいる綱手様だった。

「砂の一般人で、名をマリエと」
「あいつか……」
また厄介ごとが、と言わんばかりに額に手を当てる。

「知ってるんすか?」
知り合いなら何とかしてくれ、そう期待をこめて聞くオレ。
「ああ、よーく知ってるさ。諸国を歩いてた時にな」
綱手様は椅子から立ち上がると、執務机を回り込んでオレのほうまで歩いてきた。

ぽん、とオレの肩に両手をおく。

「あきらめろ、嵐は過ぎるまで待つしかないんだ」

ひとり納得したように、うんうんと頷く。

そしてオレは無理矢理後ろを向かせられると、
「すまんがこの書類、今日の夕刻までにすべて終わらせなければならなくてな。この件については後であたしから里の者に説明しとくから、怪我しないように傍観してな」
信じられない怪力で半分、吹き飛ばされるように執務室の外に追い出される。

「いやちょっと!あんた伝説の三忍じゃないんすか?!」
オレの叫びは無情にも、容赦なく閉じられた扉に阻まれたのであった。

るーるるるるー。



どうしようもなさそうだが、まずはテマリに合流するか。

しかし本部を数歩離れたとたん、突然現れた影にぐっと胸ぐらを掴まれた。
「捕まえた」
テマリと似た顔が、だが我愛羅の笑わない目でオレの顔を覗き込む。

「テマリはあんたのことを随分買ってるみたいだけど」
片手でオレを軽々と宙に浮かせると、マリエは興味深げに聞いてくる。

「あんた、あのこの何なのさ?」

急な質問に、答えに窮するオレ。そんなんオレが知りたいっつーの。

「え…えーと……」
「男か?」
畳み掛けるように問われる。

どーなんですかね。オレ、まだテマリに手は出してないんすけど。いや、キスくらいはしたけど。それ以上はまだ性急すぎっつーかなんつーか。ねえ?

だがこの女、テマリ以上に気が短いようだった。
「どうなんだい。とっとと答えないと、あの」
歴代火影の顔が掘られた裏山を、ぴっ、と親指で指し示す。
「山の上から逆さ吊りだよ」

本気だ。こいつ、ぜってー本気だ。

「たぶん、相手してもらってるとか、そんな感じっス……」
オレの返事に、マリエはつまらなそうに鼻を鳴らすと、オレを上から下までじろじろ眺めた。
「ふうん、いまいち頼りない風情だねぇ」

悪かったな。

「こら!お前、主人をなんだと思ってるんだ!次に呼んだ時はただじゃおかないよ!」
「はあ、でもマリエ姐さんには逆らえないもんで」
「黙んな!」
テマリの声に、慌てて聞こえてきた方向を見やる。

上空20メートルほど、カマイタチの背負う鎌の柄にしっかりくくりつけられたテマリの姿。
マリエは恐るべきバネで地を蹴ると、カマイタチの背中に軽々と飛び乗った。
「そうさな、テマリが欲しけりゃ実力で取りにおいで!」
そんな台詞とともに、巨大な獣は山のほうへ飛び去って行く。

既に主旨が違ってんじゃねーか!!



うう、なんでこんなにめんどくせーことに……。

「この人かなー?!いや、こっちのほうがテマリには似合うかもねー」
「黙れ!いいから、この拘束をとっとと解け!」

やっと見つけた奴らの居場所。というかテマリの怒鳴り声が響くところ。
森の中にある、たまたまそこだけ木の密集度が低いような空間だ。
広場と呼ぶにはちょっと狭すぎるが、オレにとってはむしろ好都合で。

並ぶ木の影を利用すれば、かなり遠くからでも攻撃を仕掛けられる。

十分に太い幹を背にしてそっと声の方向を覗くと、灌木にぐるぐると縛り付けられたテマリの姿。自由な足をばたばたと暴れさせ、なんとか拘束を緩めようとしている。

「んー、でもこの人がリッチさにかけては一番だからなー」
写真選びにすっかり夢中になっている女の後ろ姿は、離れて隙を伺うオレの気配に気付いた様子もない。オレはそっと、生い茂る木々を迂回させるようにして影を伸ばしていく。
残り10メ―トル……3メートル……。

「影縫いの術!」

印を組むのとまったく同時に、マリエの動きが止まった。

オレはほう、と安堵のため息を漏らし、幹の裏側から姿を現した。
「よぉ、何事にもあんまりのめり込むのは良くないぜ?」
不安の反動からか、軽口を叩きたくもなる。一歩一歩、奴の背中に近づくが。

「ふん」
まったく揺るがない余裕とともに、マリエは鼻で笑った。
そして、ぐぐ、と首をこちらに向ける。

…………首?

「あんたみたいな子供の術があたしに効くと思ってんのかい?」
マリエの右手がゆっくりと持ち上げられた。オレをびしっ、と指差す。

ありえん!影縛られても動けるなんてありえんぞ!

動揺がオレの集中を乱したのか、マリエを縛るオレの影が緩む。
「甘いんだよ」
こともなげにオレの術から脱出したマリエがニヤリと笑うのが見えた。うう、今のオレには悪魔の笑みにしか思えねー……。

「あたしに本気で歯向かうってなら、覚悟しなくちゃねえ」
ぱきぱき、と指を鳴らす。
「逃げろシカマル!あたしのことはかまうな!」
その背後からは、悲壮なテマリの叫び声。

「黙ってろ!惚れた女を置いて逃げたら男じゃねーだろーが!」

ああ、思ったより短い人生だったぜ。
どっちへの答えになってたのかは知らないが、オレは怒鳴り返す。



が、リアクションが返ってきたのは以外な場所からだった。

「おー、熱いねえシカマルくん」
ぱちぱちぱち、とやる気のない拍手。

声のした方向……なんでか斜め上……の木の上には、ナルトたちの先生。
「やー」
上忍のはたけ、カカシ。この場にそぐわない、まったく緊迫感のない雰囲気を振りまきながら突っ立っている。

「……なにやってんの、あんた」
戦闘体勢を解かないまま、基本的な質問だけしてみるオレ。
「いんや、たまたま通りがかっただけよー」
気にしないで、とでも言いたげにぱたぱたと手を振る。

「いつから見てたって?」
「うーん、だいたい最初のほうからかなー」
「テマリ捕まってんだし、助けてくれてもいーじゃないスか」
「だってシチュエーション的にそそるデショ。緊縛されたオンナノコって」
だめだ、莫迦とハサミ以下だ。マジ使えねぇ。

ため息をついたオレは、急に気がついた。
そーいやさっきから、えらい静かだということに。

視線は、自然とマリエを探す。

「……あれ?」

いない。

「あのぅー…………」

だが聞き覚えのある声は、カカシ上忍の背後から。

「お名前、なんて言うんですかぁ?」
いつのまにか後ろをとった金髪の娘は、瞳をキラキラさせながら、木の葉の里に名高い色ボケ上忍の顔をじっと見上げていた。



よくわからんが、奴はオレらのことをきれいさっぱり忘れたらしい。
オレは縛られているテマリに駆け寄り、えらい複雑な方法で巻かれた縄をほどいてやる。

「あの人は、ホレっぽくてな」
自由になった手首をぐるぐる廻し、すっかり自分のことなぞ眼中にない伯母のほうを見やりながら説明するテマリ。
「自分が恋愛に夢中の時は、まああたしらに害はない。だが失敗すると、腹いせに親族近所問わずに見合いを進めるってわけ」
「なんつー迷惑な」

「ほら」
テマリが顎で指し示す方向には。

「そーなんですぅ、テマリの従姉でマリエっていいますぅ」

うそこけ。

「やー、マリエちゃんねー。やっぱり砂からここまで?」
…………意気投合している莫迦がふたり。

「今はあちこち旅行したりしてるんですけどぉ」
「いいねえ、お話聞きたいなー。なんだったら、今からちょっとお茶してく?それか晩ご飯でもいいし。オレね、ちょうど任務終わって暇なのよ」
「やだー嬉しいなッ☆マリエ、スッポン鍋とか食べたいかもー」
そして、にこやかに談笑しながら去っていった。

オレとテマリは、その後ろ姿を茫然と眺めている。


……オレの喉が言うことを聞くようになったのは、それから随分経ってからで。
「じゃあ、お前の見合い話っつーのは」
「ま、覚えちゃいないだろうね。振られたころにまた思い出すかもだけど」
「相手がカカシさんなら結果は見えてんな。もって三日か」

そして三日後には、またあの嵐が来るんだろうか。テマリはそれまでに砂隠れの里に帰ったほうがいいかもしれねーな……ちょっと残念だけど。もしくは。

「それか、次はイルカ先生あたりあてがっとくか」
「名案だ」
オレの台詞に、振り回される人の良いイルカ先生の姿を思い浮かべたのか。
テマリがやっと、ほっとしたような笑顔を見せる。

なんつーか、疲れる日だ。



帰り道、テマリは悪戯っぽい表情を浮かべてニシシと笑った。

「で、なんだ。あたしに惚れてんだな、やっぱり」
「いちいち言わんでも知ってろ、それくらい」

オレはぶっきらぼうにそう言うと、先に立って里の方へと歩き出す。きっと少しだけ赤くなってる顔を見せないですむように。

「シカマル?」
そんなオレの気分も知らんと、気楽な調子のテマリ。
「あんだよ」
「デートの続き、しよっか」
「どこで」
「あんたの部屋」
「…………」

「変なこと考えてるんじゃないよ」
「てねーよ!」

オレはさらに耳まで赤くなってるに違いなく。

それでも嵐の後に広がる澄み渡った青空のような、さっぱりとした気分だった。



あとがき

身長7cmの恋実らせ隊、「シカテマ好きの貴方へ30のお題」より
「あんた、あのこの何なのさ?」で書かせていただきました。