桜の花の満開の下








シカマルへ

元気にやっているか?
二週間後に、雲隠れの里での外交任務がある。
休暇の予定が合えば早めに砂の里を出られる。
木の葉は途中だ。寄る時間も取れるだろう。
そちらも任務があるだろうから無理は言わないが。

会えると、良いな。

テマリ





春の日だ。
陽光に薄い紙片を透かしてみる。

会えると、良いな。

いつも端的な文句ばかりの手紙の最後に、付け足されるように。

「……あいつ、らしいっつーか」

そう呟くと、仰向けになったままベストのどこかに紙片を突っ込む。

暖かくなった陽気に誘われるように、新緑が芽吹いている。
柔らかい草の上に身体を預けるのは、この季節ならではの贅沢だ。

二週間後、か。
オレはもう一度、手紙を広げて日付を確認した。
出したタイミングから考えて、そろそろ着く頃かもしれない。

風は午後にかけて強くなるだろう。






「……荒れそうだな、こりゃ」

空を見上げてオレは呟く。背中は門の支柱に預け、両手はポケットの中に。

なぜか風が吹くのだ。あいつが来る前は。
だから期待しちまうじゃねーか。

だけど今回ばかりは、その強さを増す風が恨めしい。





街道の向こうから、見慣れた人影が近づいてくる。
こちらの姿はとっくに確認できているだろうに、
それでも足を速める様子がないのがあいつらしいといえば、あいつらしい。
お互いの声が届く距離まで来て、テマリはやっと口を開いた。

「お前、ここでずっと待ってたのか?」

呆れたような口調。
ったく、久しぶりに会って一言目がそれかよ。ご挨拶だこと。

「間に合ったみてーだな」

オレはそんな質問を無視して、うう、と大きく伸びをした。
ついでにさほど遠くない裏山の方角を眺めやる。

「まさか一日中ここに突っ立ってたとか言うんじゃ……」
「言わねーよ。いいから」

さらなる問いにも答えずにテマリの手を掴む。
一瞬だけふくれっ面をしてみせたが、それでも特に抵抗せずにこちらに従ってくれた。

オレはテマリを連れて、ついさっき仰ぎ見た山への道を急ぎ進む。





ざぁ…………あ





そこは、桜の花の満開の下。

その中でもひときわ目立つ大木の根元で。

山では風が強くて、咲いたらすぐに散っちまうから。
だからまだ、春の嵐が来なければいいと。

「ちょうど最後のやつらも散り始め、ってところか」


すっと繋いでいた手を離してやると、

テマリは惚けたような表情で二、三歩だけ前へ進み、

そして頭上を覆っている薄赤と白色の天井へと顔を向けた。


「山桜は一度に散らねーから、なんとか見れたな」

華々しさを否定するような、無骨なたたずまいの山桜。
無駄を排して、だからこそ情緒と、強さと、美しさを備える桜。

強くなる風が、白と淡紅色の花びらを次々に散らしていく。
オレたちの髪に、肩に、桜の雨が降り注ぐ。

でもよ、この木はいつもオレに思い出させるんだ、あんたのことを。

それは里に植えられた派手な染井吉野よりも、ずっと。

「…………粋だな、だから」

テマリがぽつりと呟いたのが聞こえた。

「なんだ?」

「儚い」

「嫌いか?」

「そういうわけじゃないけど」

テマリが急に無口になった時ってのは。
遠い距離を隔て、やっとのことで繋がっているオレらのようだ、とか
ひとりでそういう事を考えてやがるんだ。

すぐに消えちまうようなものを見るたび、同じ顔をする。

口に出さねーで、隠してるつもりなのかね。
でもよ、オレがそれくらいわかんねぇと思ってんのか?

「……来年は、散る前に来いよ」

オレは嵐の真ん中で立ち尽くしているテマリに声をかける。

「ん?」

テマリがこちらに視線をよこす。
見上げれば、頭上には渦巻く桜の花びら。

「だから、来年も」

「…………ん」





ふたり、桜の花の満開の下で。
それが一晩で散ってしまう幻ではなくて、約束になればいい。

オレはもちろんそんな事を口に出したりはしなかったが。

…………たぶん、あいつはわかってくれたと思う。





あとがき

INSPIRATION BY ANGO SAKAGUCHI.
本当は狂気のほうで書きたかった。