めんどくさくない、女




あたしは後腐れのない縁というものを望んでいたので
からっぽのキスはそれでも心地よかった

年下で でも老獪で あまり執着心のなさそうなこの男は
やはり枯れたような雰囲気であたしを抱いて
そして気付かないうちに去っていく野良猫のように
まるで何事もなかったかのごとく 朝 姿を消すのだ

いつまでも溶け合わない距離を保ったまま
心と身体は少しずつ それでも距離を縮めていく

そんな異性の友人も悪くないものだと思う

砂漠であたしを待つ男共ではどうしたところで
あたしに付属する様々なものから
視線を そらすことが出来ないのだから



「すみません」

数日前 耐えられなくなったらしい恋人はそう告げた
うまく距離が計れなくなったんだろう 結局のところ

「僕では力不足で、君を受け止めることができない」

あ、そう。



そしてまた あたしは故郷から離れた場所で
あいつの乾いた抱擁の中にいる

「なんか嫌なことでも、あった?」

鼓動が聞こえる距離から 男の言葉が鼓膜を振るわす
とても近い
だけどその距離は決して埋まらない

ーーなんで、そう思った?

「別に。なんとなく」

ーー3日前に別れたんだ、けっこう続いてた男と。

「ふーん」

ーー別に嫌なことってわけじゃない。
ーー起きたことは、起きたことだ。

「そういうもんかね」

男は興味のない素振りをしてみせる
本当に関心がないだけなのかもしれない
あたしは こいつにとっても
なにかと面倒くさくない女なのだから

「ま、なんでもいいけどな」

男は壁に背を預け あたしは男の胸に後頭部を預け
人間の身体は固いのか柔らかいのかよくわからない
そんなことを 背中の感触が教えている

あたたかくて、心地いい

距離
なのに





「…………ったく」

かすかな舌打ちが響いたと思うと 男が突然に身体を動かした
あたしは重心を失って

「お前ってめんどくせー奴」

次の瞬間
背には冷えた畳が そして見上げるのは男の顔で



ーー嫉妬、してたのか?

「しちゃ悪いかよ。お前が気ぃ使わねーんだもん」

身体を重ねる時はいつも常闇の中で
だからきっと知らずにいた目がそこにあった

「それに、嫌がられると思ってたから、な。こういうのは。
だからお前がどこの男の話しようが、何も言わなかったけど」



ああ

あの距離を心地いいと信じ続けていたのは
それがいつまでも崩れないと知ってたからだったのに

莫迦野郎
あんた大莫迦野郎だよ

「なんで泣くんだよ……」

慌てたような声音が閉じた瞼の彼方からきこえる
あたしに覆いかぶさってた男はその身を退こうとしたけれど





ーー……面倒くさいの、嫌いだから。

あたしは両腕をいっぱいに伸ばして 男の頚を引き寄せて




あとがき

年上の女は、嵌らないように無関心の暗示をかける
それでもどこかで待っているのかもしれません