「あの3人は、チームですぜ」

ずいぶん続いた沈黙のあとで、熊のような風貌の漢は、入室時からまるで変わることのない結論を口にした。

猿、というのが(まったく失礼な言い方ではあるが)おそらく最も的確な表現であろう先々代火影。師匠の息子は、父親とは似ても似つかない身体つきとは裏腹に、牙を隠した野性動物のような隙のなさを漂わせている。潜んだ牙はいつでも臨戦態勢であるのに、まるで寛いだ態度を崩さない。

(眠らずにまどろむだけの獣みたいだよ。まったく、血筋だこと)

樫の机に頬杖をついたまま、綱手はぼんやりと思う。

「…あの、綱手様」
「なんだ」
「奈良シカマル以外に、足止め可能な術を持つ忍でも駄目なのですか?」

火影執務室に先ほどから漂う不毛な議論の気配に嫌気がさしたのか、里の忍の評定表を繰っていたシズネが口を挟んでくる。

こちらとしては、確かにそれが第一案であった。だが。

ふう、と大きく息を吐きながら(いつものくわえ煙草を許していたら、こちらまで煙を浴びるはめになった)、猿飛アスマは腕を組み替え、そのまま誰ともなしに、

「…中途半端にする位なら、解散させちまったほうがマシでしょうなあ」
「強情だな。それは弟子への愛着か?」
「純粋にあいつらのスタイルってもんを尊重しているだけですぜ」

まったく、下忍第十班の3人を預かる担当教官はとりつくしまもない。先ほど口にした解散という言葉も、実のところ、その気はかけらもない様子で。

下忍第十班。

十班。互いが互いを守ろうとしている、あの子供達。
十班。山中いのいちの娘、奈良シカクと秋道チョウザの息子達。
十班。癖のある3人は、それでも親達と同じ道は選ばないだろう。

奈良は参謀へ、山中は隠密兼医療忍者へ、秋道は前線へ。適性を見出された彼らが、いつまでも三位一体で戦うことはないのだろう。

(それでも、あのセンチメンタルな子供達が必死に守ろうとしている場所を、 お前も一緒になって守ろうというのかい?)

新人中忍と、下忍。久方ぶりに戻った里で、綱手にとって3人の子供達は、他の大勢の忍と比べてもとりたてて目を引く存在ではなかった。猿飛先生の息子が育てているという話から、多少の興味を持ちはしたが。

(そして、うちはの里抜け)

あの時に奈良家の長子に感じた伸びしろ。

直感は、現在も順調にその正確性を証明している。(このカンが競馬か丁半博打に働いてくれればいいものを)綱手は小さく舌打ちをして、危険水域に突入するための宣言を行った。

「だが、山中と秋道は置いて行かれるぞ」

どれだけ本人が三位一体を、スリーマンセルを望もうとも、役職が、任務が、そして評定が。周囲からの要請は否応なく、閉じた信頼関係を突き崩していくのだ。

「それが現実だ。絆だけで生き残れるほど忍の世界は甘くない」

視線を目の前の上忍から外さぬまま、一気に言葉を継ぐ。

「それでも奈良は立ち止まり、手を差し伸べるだろうな。自分を顧みずに。あいつはあいつで、本来望まれる立ち位置と現状に挟まれ、いくらかは判断力を鈍らせるかもしれない。他の二人の焦燥も、導く解は同じだ…つまり危険性の向上」

そして、その先は見えている。わざわざ口に出す程、野暮ではないが。

「共倒れする仲をチームと呼ぶ程、お前は甘くないはずだよ?」

そこで綱手は言葉を切った。組んだ指先の上に顎を載せ、目を細める。ただ簡潔に、担当教官としての意見を問う。

「そうですなあ」

反論は、ゆっくりとやって来た。

「中忍にもなれば、ひとりだちは当然。それくらい俺だって判ってんですけどね。けれど、それ以前の段階で無理にひきちぎられることが、あいつらにとってプラスとは思えない」

どこまでも穏やかな声音で。

「待てなかった負い目と、並べなかった負い目は、きっとあいつらを駄目にする。後で帳尻をあわせたところで、一度刻まれた傷は消えないんです。そこは理屈じゃない」

どこまでも、真剣な眼差しで。

「だから、一度、新しいスタートラインに揃うまで……待ってやってくれませんか」

「…あたしも、とことん甘いね」

根負けした、というのが正しいか。

「了承しよう。中忍試験終了までは、奈良と、秋道と、山中が10班だ」

アスマは、やはり綱手を見据えた視線はずらさないまま、少しだけ口の端を上げて笑ってみせた。

「試験はどうするんですか? 3人一組が原則ですよ」

そこまで書類作業をすすめながらじっと聞いていたシズネが、眉根を寄せながら言ってくる。が、その時。



こん、こん。

「師匠、ちょっと宜しいですかー?」

右奥の扉を叩く音がした。いいぞ、と声をかけると、桜色の髪をした綱手の愛弟子が、本の山を抱えて執務室に入ってきた。まっすぐに執務机へ向かい、大量の書物が音を立てて置かれる。

そして、アスマの姿を認めて怪訝そうな表情のサクラを眺め、

「うん、いいじゃないか。これで」

満足げに頷くのは、綱手ばかりである。

「サクラ、中忍試験はアスマ班と組みな」
「へ? …って、いきなり何言い出すんですか師匠?」
「五月蝿いな、こいつは決定事項だよ」

敢えて、その理由を説明するのであれば。

「幻術で撹乱、あとは山中の術もあるし、足止めは問題ない。さらに攻撃型の秋道と、サクラの腕力。能力バランスだけでなく、以前のチームワークをカバーできる器用さと頭の回転という面でも、申し分ない代案だと思うが?」

「それにアスマ、お前の子供達と同条件だ。…なあサクラ」

次は何を振られるかと。明らかに警戒している弟子に対し、問う。

「お前は誰と組んでいようが……結局は、7班だろう?」

サクラは不意を突かれたような表情を見せ、一瞬だけ唇を噛んだ真剣な面差し、そして最後ににこりと笑った。

「当たり前じゃないですか、師匠」

そのまま一礼し、お話中失礼しました、と座を辞した。彼女が退出し、扉が締まると同時にアスマもすっと立ち上がる。

「ご配慮、感謝しますぜ」






いつまで続くと思われた会合は、唐突に終わった。






(まったく、この里はなんでこんなに湿っぽいのかね)

綱手は思う。

今は岩に刻まれた若き日の面影ばかりの師匠を想い、
今は遠くの地を旅する、共に沢山の任務をこなした仲間を想う。

(…あたしだって、同じか)

シズネが次々に積み上げる要確認書類の山を横目に、背後の窓から昼下がりの里を見下ろし。



大通りをゆっくりと往く,熊のような後ろ姿。
満面の笑みで彼に駆け寄って行く少女。
その背後に、何かの袋を右手に抱えている少年。
向こうには、壁に寄りかかっている少年がもう一人。



まあいいか、と呟いて、机上の筆と墨を引き寄せた。




あとがき

方程式の解って、だいたい解が複数あったりするもんですよね。
どうやって人数あわせたのか不明なリベンジ中忍試験ですが、。
アスマ先生アニナル登場の勢いで捏造したエピソード。