曖昧系
手触りのないものは
信じられない
確かなものがないと、それは曖昧なままの、ただの異質物だ。
だけどそもそも私の存在自体が曖昧で手触りのないもの。
触れることで、触れられることで、その姿を確かにしていられる。
この男の存在も
関わる機会がたまたま多かっただけの、他里の忍。
それ以上でも以下でもない。曖昧な。
「 …なぁ 」
私が向かっている資料棚の後ろの席で、静かに資料を進めてたはずの男の思ったより近い位置で発せられた声にふりかえる。
男は声よりも、想像するよりはるかに近くに立っていて
考え事をしていたとはいえ、私がこんなに簡単に後ろをとられるなんて
男の手は私の顔のすぐ隣にあって、手に持ったままの本が、妙に重く感じた。
曖昧が徐々に形を形成する。
「 俺等って、いつまでこのまま? 」
いつまで、このまま
何が、どう、と問おうとして止めた。これを問うてしまったら、私の敗けだ。
なんだかそう思って、口を閉ざす。
ふと見上げた男の目はいつものやる気のなさの奥に何か隠しもっていて
「 …何が 」
と思わず声にしてしまった。男はピクリとこめかみを揺らして、ゆっくり顔の角度を少し変える。
曖昧なんじゃない、私が触れていないだけ。
触れようとしないだけ
触れさせないだけ
「 …めんどくせぇ 」
いつも男は何も言わない。だから私も何も言えない。そうじゃ、なくて
私が何も言わせないようにしているんだという、静かな確信に息を呑む。
何も今この時に気付くこともないのに。
「 …私は 」
手触りのないものは
「 も、いいわ 」
考えるのめんどくさくなった、といって男は席へ戻った。ただその様子をじっと見つめた。
いくあてのなくなった視線は手元の本へおちる。開いたままの本。頁は10分前のままで。
ここに本がある。それは確かにわかるというのに。
ここにこの男がいて、私がいるというのはどうしてこんなにも曖昧なんだろうか。
どうしてこんなにも
「 …信じていいのか 」
男の後ろ頭に話しかける。
何が、とは言わないが、ふりむいた男の顔には微かな驚きと、何か別の感情が見えた。
「 …めんどくせぇよ、信じるとか信じねぇとか 」
ただ、そう。
男は再び立ち上がって近寄り、私の手から本を引いた。本が私から離れる。
でもその本は確かに男の手の中に存在する。
男は本を私の背にした棚に戻して、そのまま私の首に触れた。
自分のそれとは大きく違う、えらく体温の高い掌の熱が、しっとりと染み込む。
ああ、私は今ここにいる。男と共にここに。
「 こんなに、近くにあるじゃねぇか 」
男はやる気のない色を一瞬消して、すぐにいつもの目に戻る。
手触りのないもの
それは確かに存在して
「 …そういうものか 」
けれどわからぬまま
ただ、
「 そーいうもんだって 」
暖かい。
「 適当だな 」
「 難しく考えすぎなんだって 」
禿げるぞ。
お前に言われたくない。
男の掌が離れていくのが少し物足りなくて、けれども触れられていなくても、確かに私の首に、男が存在した。
男はまた椅子に座りなおして、「少し寝るわ」と頭を突っ伏した。男が触れたところに触れてみる。
冷たく冷えた指先が、その部分だけが熱を持っていることをしっかりと感じて
男は面倒だと言ったけれど
私は信じてみようか
手触りのない 確かなものを
ふりかえるとそこには、先程の本が、几帳面に立たされた隣の本によりかかっていた。
何かを支えにすることで、手応えのない不確かなものを存在させる。末の弟を思いだした。
人を殺すという確かな行為で自らの存在を必死に掴みとろうとしていたあの頃。
それをどうとすることもなく、過ごしていたあの頃。
木の葉を、この里を襲撃したあの日から、全てが変わったかのように、いや、実際には変わったことなんてほんの一部にしか過ぎないのだろうけれども。
私の生も弟の生もはっきりと互いに交わるようになって、
それは、別にはっきりしたものが間にあったわけではないけれど、確かに手に触れる何かがあって
それが今、こうしてこの他里で他里の男とただ空間と時間を共有しているだけの今この時の感覚と似ていた。
この何だかわからない手に触れる不確かな確かなもの。
やっぱり、
信じはしないけれども
それは確かに存在した、手触りのないもの。
「終日。」coe様より相互記念リクエストSS
鳥肌が立つくらいに聞きたかった言葉を貰いました。多謝!
「手触りのあるものしか信じません」「曖昧なのも大事だよ」
from 少女ファイト (c)日本橋ヨヲコ