こえて、つづく




 元旦も終わり、新年の祭り気分もすっかり里から消えた頃。新年でも任務は容赦なく入っているわけで、この日も昨日の夕方から日付が変わった夕方の今まで、資料室に閉じ込められていた俺は、頼まれていた書類を提出した足で気は重いが宴会の会場へ向かっていた。今年は元旦まで御三家(うちと、山中家、秋道家)の面々、つまり親父連中や俺ら10班も任務に借り出されていたため、今年は今日が新年挨拶という名の宴会の日、だそうだ。いのやらチョウジとなんか、一緒に年越したのに今更挨拶も何もない気がするが。


「遅ぇぞ、シカマル、おい」
「何してたのよ、早く座んなさいよぉ」

 すでに出来上がっている親父といのは早速俺に絡んでくる。これが毎年嫌なのだ。酒飲みの相手ほど疲れるもんはない(その上この疲れきった後に)。普段はいい味方のチョウジも、食べ物を目の前にしていれば頼りにならない。母ちゃん連中は固まって少し離れたところで楽しそうに飲んでいた。ああ、今年も、だめだ。もう十何年と続けば諦めるのも早い。俺は勧められるままに日本酒を一口で、飲み干す。





「さみぃ……」

 宴会場を抜け出せた頃には、深夜だった。いまだに宴会は続いているが、すでにいのはダウン(元々そんなに強くない)、チョウジもその後にダウンし(食べ過ぎ)、大人連中のなかでは逃げ場がないので、酔ったふりをして抜け出してきた。実際、少し酔っていたが。
 深夜に外をうろつくのはすきだ。あとは早朝。主にどちらとも、任務帰りでないとできないけど。誰もいない静かな大通りを歩くのは、背筋を伸ばさなくてもいい。背中を曲げてようが何しようが自由だ。だから道の真ん中で大きく伸びをして、あくびをしようとも、誰も見てやしない。楽でいいから、すきなのだ。
 家に帰る前にこの微妙な酔いを醒ましてしまおうと、例の特等席へ足を向ける。あそこはよく風が通るから、酔い覚ましにはちょうどいいはず。





 階段を上りきった後、油断していた俺の視界に入ってきたのは先客の後姿だった。ちょうど逆光になっていて黒いシルエットしか見えないが、ベンチに腰を下ろして天を仰いでいる。正面からの風に乗って、何かの花の匂いがした。
 まさかこんな時間に先客がいるとは思っていなかったため、気づかれる前に引き返そうかと思っていた時、

「なんだ、お前か……。久しぶりに会うのに、挨拶もしないつもり?」

 妙に聞き覚えのある声をかけられた。天を仰いでいた頭は持ち上げられ、元の正しい位置へ戻り、黒いシルエットは俺の方へ振り向く。逆光のおかげで顔はわからなかったが、その声はテマリのものだ。

「……何してんの」
「酔い醒まし」
「いや、そうじゃなくて」
「ああ、なんでここに、って意味か。風影代理で、……新年挨拶に来てたんだよ。知らなかったの、か?」

 砂の使者が木の葉へ、新年の挨拶に来るということは知っていた。だが、それがテマリだとは把握していなかったのだ。
 確かによくみれば、いつもの任務服とは違っていた。隣に立って、月光を受けて見えた姿を見ると、それははっきりとわかる。赤い、少し豪華な着物を着ていて、多少の化粧もしている。髪もいつもの4つ結びではなく、ひとつにまとめて結い上げていた。その姿は、どこぞの貴族の姫君かと思うくらいなもので、あまり長時間まともに見ていられないほどだった(よく考えてみれば、家庭的には貴族に近いんだよな)。

  話を聞いたところ、木の葉についたのは夕方で(俺が先輩上忍に捕まって資料室へ閉じ込められていた時間だ)、5代目のところに挨拶へ向かったあと、酒の相手に付き合わされていた、らしい。酔い醒まし、と言われてその顔を見れば、少し顔が赤かった。

「私も結構強い方なんだけどな……火影さまはもっと強かった」
「ああ……あの人、年中酒飲んでるからな」

 何度かテマリとは飲みに行っているが、酔ったところを見たことがないくらいに強い方だ。しかしそれ以上に5代目の酒豪っぷりもすごい。

「だめだ、頭ふらふらする……」
「ここまでひとりで来たのかよ?」
「ここなら風に当たれるから、と思って、な。階段から落ちそうだった」
「……風影代理ってのも大変なんだな」
「私が代理でよかったよ。あの子、まったく飲めないから。カンクロウも駄目だ、すぐに潰れる……」

 あの子、とは現風影にして末の弟のこと。
 しかしここまで潰れてるのをみると、よほどの量を飲んでると見た。明日の早朝に出発、と言ってたが大丈夫なんだろうか。





 しばらく会話は途切れ、俺も黙って自分の酔いを醒ましていたが、急に左肩に重さが加わる。

「悪い、ちょっと、……肩、貸して」
「大丈夫か?」
「たぶん、でも、むり、かも」
「おいおい、それって大丈夫じゃねぇってことだろうが。宿まで送ってやるから、宿っていつもの……」

 こんなところで寝られて風邪でも引かれたらこっちが困る。宿まで送る、とテマリの両肩を支えながら立ち上がろうとするのを、酔っている人間の握力とは思えないほどの力で握られた。いいから、しばらくこのまま、とすでに朦朧としてきた声で言うテマリに、どうしようもない俺。握られた左手首が痛い。仕方がないので、言われるままに元の場所へ腰を下ろすと、力は緩められた。


「新年早々、迷惑かけてんじゃねぇよ、ったく」
「お前くらいしか、いない、から、……悪い」

 これは酒の力か。酔ったテマリの酒の力か、俺の中に微妙に残る酒の力か。
 風の冷たさに冷えていた体の芯が、暑いくらいに暖かい。


 テマリが寄り添う形で左肩に頭を乗せていて、さらに左手はいつの間にか手首から手のひらへ、結び目が移動されているために身動きができない俺は、背筋を伸ばしてじっと耐えていた。誰もいない深夜に。呼吸するのにも、慎重になる。
 どれほどの時間が過ぎただろうか。沈黙し続けていたテマリが一度だけ体を動かして、また静かになったとき。

「……言い忘れてた」

 急にこもった声が聞こえてくる。

「今年も、世話になるよ」
「もう世話してますけど。何言ってんだよ今更」
「そうだった、……おやすみ」
「おやすみ、って……」

 はぁ、と慎重にため息をついて、口から出る白い息が天まで昇っていく途中で消えていったのを見届けて、俺は目を閉じた。
 
 

「Maiden Dreamer」ソラコ様より2008年元旦フリーSS

すみませんひさびさにすごく萌えました。
やはりミルクチョコよりビターチョコの甘さがすきなしかてま。多謝!