ロング・グッドバイ




風の国に生まれ、その名を持つ術を操り、この砂の大地を守る為に、生きていく。

それが、忍として示された道だと思っていた。




昨日は、一晩中眠れなかった。・・・違う。正確には眠りたくなかったんだ。

私が生まれ育った場所を、ひとつひとつ、瞳と心に焼き付けておくために、邸を抜け出した。

ちょうど、夜と朝の狭間の時間。

様々に色を変化させる空と、急激に温度を上げる空気が夜明けを告げる。


日中は灼熱の太陽に晒される、荒涼としたこの砂漠。

けれど、ここには私達しか知らない美しさもあった。

地平線から、朝日が昇ると共に、オレンジ色に染まりながら徐々に姿をあらわすデューンと、

風に吹かれた砂たちが、まるで凪いだ波のように、砂漠に住むものしか知らない、静かな海が目の前に広がる。

夕刻を迎えるその時間、沈む太陽が、燃える様に揺らめき、それは生命の輝きにも似て。

そして訪れる闇と静寂。

夜は、月の大地はこうであろうかと思うほどの寒さだけれど、

冷えた空に、満天の星が映えて、そこを行き交う旅人に、行く道先を示してくれる。



そんな砂漠の地で、私は・・・、私達は生きてきた。

母様を亡くし、父様を亡くし、残された私達も、姉弟というのにはあまりにも殺伐とした関係だったな。

あの緑豊かな里の地を踏むまでは・・・。

我愛羅、カンクロウ、お前達、随分と変わったよ。

そして・・・私もね。

気づいたらそこは、オアシスになっていた。

一時身体を休める為の場所だったはずが、いつのまにか気の置けない里になり、

引き留める、影に出会った。

私を容易く女にしてしまった、あいつと。



カンクロウ。

そんなに口うるさく言わなくても大丈夫だ。

お前から見たら年下のあいつは頼りないかもしれないけれど、

姉の眼を信じろ。きっと私は幸せになれる。

我愛羅。

そろそろ私も母親役は卒業だな。

お前にはカンクロウも、憧れ慕う、里の忍達もいる。

もう、眠れぬ夜を過ごすことも、孤独の淵をさまようことも、ない。

そう願ってる。



そろそろ、行くよ。

だから、笑ってくれないか?

じゃないと、目の前がだんだん歪んでくるよ。一度も、この瞳に泉が溢れたことは無かったのに。

振り返った先にいる、あいつの前では、こんな顔見せたくないんだから、な。

お前達はこの砂の里で、私は木ノ葉の里で、それぞれの道を、歩いていく。


じゃあな。





国境を目前にして、もう一度、振り返った。

もう、里は見えない。弟2人の姿も。

蜃気楼でも起こらないだろうか。

・・・らしくないな。決めたことなのに。

ーテマリ。

名を呼ばれて振り返る。

あいつに手渡されたのは、巻く布の外された砂隠れの額当て。

昨日、部屋に置いてきたはずなのに。なぜお前が持っている?

ー裏、見てみろよ。

言われたとおりに、裏返す。

そこに彫られたカンクロウと我愛羅の名と、祝福の言葉。

なぞる指が震える。

唇も。

瞳から雫が落ちる瞬間、あいつが私を抱き寄せた。

ーこんな時くらい、もっと派手に泣いてもいいんじゃねぇ?


その力強い腕の中で、多分、私は初めて泣いた。






風よ、側にいるか?

いたら、私の声を、砂漠の弟達に届けて欲しい。

いつか、私という形がなくなった時、きっとここに戻ってくる。

あいつには悪いけれど。

・・・ううん、あいつのことだから多分、

面倒くせーけど、なんて言って、笑って許してくれそうだけど。

だから、それまで・・・。


『ロング・グッドバイ』


「MOJITO」りく様より1000打記念リクエストSS第1弾

別れ話の予感を心地よく裏切って、とても優しいgood-bye。
多謝。