ここに作品名




たとえば、
死ぬことよりも怖いことがある。
そんなこと知らなかった。
人は人を必要として、そして、人から必要とされることを望むのだと、私は思っていた。

だけど 今は 



(求められることがこわい)






「俺はたぶん、諦めが悪いんだよ」

珍しく真剣な面持ちで、シカマルは言った。

「だから」

遠くを見ているその目を、私はずるいと思う。
ここから逃げ出したいのと、それとはまったく反対の性質のものが私の中で押し合いを続け、つぶれてしまいそうだ。

「いつか、後悔する日が来ない保証なんて、何処にある?」

子供染みた疑問をぶつけてしまったと、我ながら情けなくなる。
彼の呆れた表情を想像して、そんな顔見たくなくて、私はすぐに目を伏せた。

臆病で、どうしようもない自分が嫌になってしまいそうだけれど、そんな私に、彼はどこまでも優しい。

どこか冗談めいた響きを持った声で、
「俺が保証する」
と言った。

小さく「それじゃだめか、やっぱり」と付け加える。






私は、理由が欲しかったんじゃ、ない。
ほんとうに保証が欲しかった訳でもない。
彼だって不安なのは分かってる。



(求められることはこわい)



それでも、すくんでしまって動かない足を、いつまでもそのままにしておくこともできない。

何かひとつでも動き出せば、噛み合わなくなったいろいろなものもきっと、回りはじめる。

重く軋んだ音が、聞こえた気がした。






そのひとつのことばを、手に入れてしまった。







保証期間、

そういうものでもないけれど。
私たちは同じ明るさの空の下にいる。

「待ちきれない」と彼は言った。
短いため息をつきながら、なんども。

それはきっと、私を待っていた頃の比ではないのだろうけれど、私が怒ると思っているのか、口にはしない。

こんなに分かりやすくしあわせの顔をするのは、私たちにとっては難しいことだったはずなのに。

今は、ちがう顔をする方が、難しい。



夏に流れる時間は、とても長い。

なかなか落ちていかない太陽を見ていると、まだこちらにいたいのだろう、と彼は笑った。

あの頃の、私のようだ、と。

夕暮れでも吹く風は熱く、じわり、と額が汗ばんでいく。

不意に、前髪を後ろに撫でつけられて、私は自分が随分長い間こうしていたことに気づいた。

「テマリ」

シカマルは、開け放した窓枠にもたれたまま動かない私を、そっと立ち上がらせる。

「まだ、もう少し」

私はそう言ったが、身体に障るからと聞き入れられず、窓は閉められてしまった。

仕方なく、部屋の奥のソファに腰を下ろす。

冷たすぎない空調からの風が心地良い。

腹部に手をやると、隣に座ったシカマルが手を重ねてきた。

そのまま、そこに耳を寄せ、ため息をつく。



「待ちきれない」

「また、それか」



一日に何度聞くか分からないその言葉に、私は苦笑した。









常に別離と隣り合わせの私たちには、お互いしか、お互いを支えら れるものがないと思っていた。



周りに反発するように、気持ちが暴走しそうなこともあった。



自分を偽るようなこともしたし、嘘をつきたくないと子供のように泣いたこともあった。



もうやめよう、こんなつらいことは。
何度も、考えた。






私は、私の中で成長していく愛しいもののことを想った。

彼は(または彼女は)、きっと私にたくさんのことを教えてくれるだろう。



そして彼に(または彼女に)耳を寄せているひとのことを想った。

私が教わることを、こんな風に、ずっと、一緒に感じてくれるのだろう。

泣いたり、笑ったり、するのだろう。






怖いことは、決してこの世からなくなったりはしない。



それでも 今は 








(求められることは、こんなにも、うれしい)









end



「soundfurniture」すず様より8888打リクエストSS

パートナーが求めあうのは相手ではなくて、
きっと、ひとつの大事な物を守りたいという価値観の共有だと、
物語はそう思わせてくれたのです。多謝。