Distane
働く女ってのは、恋愛には向かない。
「でさー、あいつ何て言ったと思うー? 『ドタキャンしといてフォローもないような不義理な女が、浮気くらいでどうこう言うな』だって! こちとら月金9時5時で働いてるわけじゃないし、追加任務受けた時には、里に戻れなくたって仕方ないじゃないー? 勝手に浮気しといて開き直るなんて、ふっざけんなって話よねー」
「おお」
「素人さんだしさ、それでも手加減してビンタ喰らわしてやったわよ。そしたら乳臭い女が、どーやら浮気相手みたいなんだけど、すっかり正義の味方面して『やめてくださいっ!』なんて飛び出してきちゃってー、ほんと下らないわって思って振ってきちゃったワケでー」
「へえ」
どん!とテーブルに拳を打ち付けると、脚の細いワイングラスがぐらりと揺れた。グラスの中、目の前で波紋が浮かぶ。ゆらり、もとに戻る素振りを見せて、けれど反動で今度こそ逆方向に転倒しようとしたグラスを、アイツの指先はさりげなく攫っていった。
そのまま一口だけ含んで、眉をひそめる。「…安い酒はよくねーな」
あたしは見なかったふりをして、言葉を続ける。
「ヒドい男もいたもんよねー、くノ一と付き合うなら覚悟しときなさいっての」
「だな」
返事はそっけなかった。
こいつ、絶対に腹の中で「そりゃいの、お前の男を見る目っつーか、そこらへんにも問題あるんじゃねーの? でも女ってのは正論で突っ込むとうるせーからな、ここは黙っとくか」って考えてるんだ。それっくらいお見通しだっての。伊達に幼馴染みやってるわけじゃないわよ。
でも、あたしが奴の本音を見抜いてるコトすら承知で、こうしてヤケ酒につきあってくれるのはシカマルだ。(ちなみに付き合い始めののろけ話を、いっつも「うんうん」って頷いて聞いてくれるのはチョウジの役目だ)
いろいろなことが変わっていく中で、あたし達だけが変化しないわけじゃない。
それでも、努力とか、葛藤とか、妥協とか、そんなものをやり過ごしてきた後に残ったこの関係は、間違いなく心地いい。
気持ちいい場所は、守るべき場所なんだと。
それを3人ともが、知っていただけなんだ。
違う?
「うー……気持ち、悪い」
だけど失恋した夜にはぴったりのヤケ酒、深酒、泥酔い酒。
案の定、あたしは立ち上がれない程に酔っぱらって、お手洗いに半時ばかり籠ったあとで、随分と忍耐強い幼なじみに背負われて帰宅することになった。夜のひんやりした空気が、火照った頬を撫でた。
夏の夜は、あの日と同じ温度みたいで。
別に密度が濃いとか、そういうわけでもなさそうだった。飄々と、特に浮かれているわけでもなく、あまりにも当たり前に二人は連れ立って歩いていた。その後ろ姿を見かけた同じ夜、シカマルからアリバイ作りを頼まれて。何処に行けばいいのかわからなくなったあたしは、怒った顔をして扉を閉めたっけ。
…そんなの、もう随分と前の話だ。
「ごめんねー、シカマル…」
「いのが謝るとこなんて、別にないだろーに」
「テマリさんに…心配させちゃう…」
そして背中に顔を埋めたあたしの呟きに、
シカマルは、
一瞬だけ言葉を止めて、選んで。
「あいつは、わかってんだろ」
ふう、と息を吐いた。
あたしがもう嫉妬も当てつけもしないと、やっと気がついたんだろうか。
(あのひとはずっと前から気がついてたのに)
そうだね、たぶん、彼女は笑って流すだろう。どれだけ一緒にいる時間が勝っていても、あのひととシカマルが過ごす時間は、同じ質のものじゃないから。
離れている関係ってのは、当事者にとっては日常の延長線上でしかなくて。勝手にドラマチックに盛り上げているのは周りばかりなのかもしれないね。
(近すぎる関係を、皆が勝手に誤解するのと同じように)
ジジ…という耳障りな音とともに、心もとなげに点滅する街灯の下。シカマルの背に揺れながら、あたしは横に流れて行く景色を眺める。見慣れた帰り道なのになんだか普段と違って見えるのは、きっと普段より高い目線のせい。それは、いつのまにかずいぶんと伸びた幼なじみの背の丈を教えていた。
きっと明日になったら、何もかも、ぼんやりとしか覚えていない。
だけど、この温もりと心地よさは忘れてしまってもいい。
だって
それが明日も変わらずここにあると、
あたしは知りすぎる程に知っているんだから。
あとがき
いのちゃんには年上のひとが似合うと思うのですよ。
てなわけで、特上がんばれー(?!)