Strawberry Fields Forever




No one I think is in my tree (思うに、僕の木には誰も登れないんだ)
I mean it must be high and low(きっと高すぎるか低すぎるかに違いない)


オレたちはよく、誰も知らない場所に隠れてた。
それは森をひとつ抜けた場所にある、こじんまりとした草むらだった。
中心には立派な楡の木が立っていて、オレたちはその木陰に座る。見渡せば、柔らかい緑の絨毯の上に野草の赤い実がぽつぽつと覗いている。
初夏の匂いがする。
そんな場所で、誰にも知られずに、オレたちはひっそりと午後を過ごす。



「オレの木には誰も登れない、ってな……」
頭上に重なる大小の枝をやり過ごした陽光が、時にちらちらとオレの顔を撫でる。オレは薄目を開けると、誰に聞かせるわけでもない独り言を漏らした。
とはいえ、その呟きを拾える距離にいるのはたった一人なのだが。
「……なんだ、いきなり」
木の幹に背を預けているテマリが、草の上に寝転がったオレの顔を覗き込む。
「お前の木って、これのことか?」
手のひらで幹を数度叩く。そしてオレの視線を追うように、顔を上に向けた。
「違ぇよ、もっと、なんつーか……抽象的な話でさ」
どう説明したものか、オレはしばし言葉を探す。
「同じ場所からの景色は、誰とも一緒に見れねぇって話。木が高すぎるのか、低すぎるのかは知らねーけど」
テマリはまたこちらを向いて、ふっと笑った。
「ずいぶんとまた、優越感を匂わせるような言い方だな?」
「そういうわけじゃねーけどさ」
なんとなく、頭の後ろで枕代わりにしている手を組み直す。
「オレは誰のことも理解できるなんて思っちゃいねーし、それと同じくらい、誰かがオレのことを理解することとも期待してねーからな」
オレの言葉を聞いたテマリは、少しだけ不思議そうな顔をした。
「そういうものか?幼なじみがいるじゃないか」
「調子があってるってわけじゃないんだよ、決して。一緒に居るのが普通ってのと、お互いにどこまでも踏み込んでいけるかってのはまた別問題だろ」
いのとチョージの関係をこいつにうまく説明するのも、これまた難しい。完全な理解と良好な関係がイコールとは限らないんだが。
「でもまあ、それが悪いとは思わねぇし」
結局、うまい言葉が見つからない。ふぅ、と深い息を吐く。するとテマリの指先がオレの額のあたりへと伸びてきた。
「もっと肩の力を抜きな。目をつぶって、楽にすればいい」
そのまま視界が閉じる。あたたかい手のひらの感触を、瞼の上に感じる。
「どうせ誤解ばかりが見えるならば、見なければいいだろう?」
テマリの手は瞼から頬へと滑り降り、首に触れてきた。片手で軽く肩を揉まれるただけなのに、全身の力がふっと抜けていく。それに押されたように、
「でも最近、距離があるっちゃあるんだ。あいつらと」
胸の奥にわだかまってた言葉がやってくる。
オレはまだ目を閉じたままだ。テマリの指先も同じ場所に留まっている。
「……きっと、お前が半歩だけ先に行っちゃったからだよ。仕方ない。秋道も山中も、お前と同じ場所に並ぼうと頑張ってるんだ」
里の他の奴らが絶対に耳にした事がないような、柔らかい声がする。
「そうか?」
「ああ、時間が解決する問題だよ」
きっと、他の奴らが絶対に見た事がないような表情をしている。
「お前が気にすると、相手も気にする。あまり意識しないでおきな」
ぴし、と軽いデコピンを貰った。
オレはまた目を開ける。一瞬、眩しさに目がくらんだ。思わず顔を横に逃がすと、興味深げなテマリの視線とオレの視線が重なった。
「しかしお前にしちゃずいぶんと気を回してるじゃないか?面倒くさいとも言わずに」
なんだか楽しそうな表情を浮かべている。
「いや、オレだってけっこういろいろ考えてるわけよ?」
「けど、それだけ胸の内を語るのは珍しい。いつかの病院以来だ」
「だってお前が」
オレは少しだけ間を置いてから、たぶん一番言いたかった言葉を続けた。
「登ってきちまったんだもん、オレがひとりでのんびりしてた木の上に」
言ってから照れくさくなって、頭上を覆う楡の木を眺めるふりをした。
だから、テマリがオレの言葉をどう受け取ったのかは知らない。
ただ一瞬の間の後に、
「ずっとここに居れれば、いいけど」
テマリはそれだけ呟いて、オレの隣、草の上に寝転がった。
太陽は相変わらず高い。
差し込む光が、並んだオレたちの間を踊っている。
「そうだな、煩わしいこととか、全部忘れちまってさ」

そしてオレたちは初夏の緑に身体をうずめて、少しだけ眠る。
そんな夢うつつの時間が、オレは好きだ。



連れていってやるよ。また、あの場所へ行くから。
……Strawberry Fields Forever.


あとがき

ブログサイト1ヶ月記念リクエスト、水湖さんより「STRAWBERRY」。
当時の水湖さんのサイト名をリクエストお題でいただきました。
ビートルズの名曲で、歌詞をどこまでふたりの台詞に出来るか挑戦です。