Last kiss flavors with a cigarette
シカマルの先生が殉職したという。
同盟国の、それもあたしたち風との因縁も浅くない「暁」によって殺害された上忍の葬儀だ。砂の上層部は、木の葉の里との関係が深いあたしを風影代理として派遣する決定を下した。
あたしの気分は、正直いって複雑だった。あいつにどういう顔をして会えばいいかわからない。どんな言葉をかけていいのかわからない。それでも同時にありがたい任務だった。なるべく、あいつの近くにいてやりたいとも思ったから。
けれど葬儀の間、シカマルは一度もその姿を見せなかった。
あいつと同じチームを組んでいた2人はずっと墓標の側にいたけれど、あたしはかける言葉もないままに山中の肩を抱いた。彼女は顔を上げずにしゃくりあげていた。隣にいた秋道が、軽く会釈をよこしてくる。彼が口を開こうとしたのを「いいんだ」と遮った。「今日は、アスマ殿のことだけを思え。あたしは弔辞を述べにきただけだから」そう言うと、秋道はさっきよりも深く頭を下げた。
結局シカマルには会わないまま、葬儀は終わった。
翌朝、出発の支度をしていたあたしの前にあいつはいきなり姿を現した。
「よ」
「……シカマル、お前」
続ける言葉が見つからないあたしを優しく見つめて、シカマルはただ首を振る。
「悪ぃな、引き止めて……ちょっとだけ、ここにいても、いいか?」
あたしは無言で頷いた。近づいてきたシカマルは、一言も発さないままあたしの身体をぎゅっと抱きしめた。冷えきった身体。きっと一晩中、外で考え事をしてたんだろう。すこしでも体温を分け与えられるように、あたしは奴の背中に手をまわす。服から、かすかな煙草の匂いが立ち上ってくる。
「煙草、どうしたのさ」
あたしはシカマルの耳元で囁いた。
「先生の形見」
返事は短かった。
そのまま、どれくらいの時間が過ぎただろう。
「俺、先生を殺した暁の野郎を殺しに行く」
突然、シカマルがぽつりと言った。
心臓が飛び跳ねるかと思う瞬間。だけど、頭だけはひどく醒めたままにシカマルの決断を受け止めているみたいで、あたしの口から出た言葉はさもなくば冷たい傍観者のもののようで。
「……勝算がなきゃ、無駄死にだよ」
傍観者?違う。シカマルのことを知ってるから、あたしは冷静になれる。
「ある」
「信じていいんだね?」
「おお」
その返事を聞いて、ああ、もう止められないんだなと思った。加勢に行ければどんなにか。けれどあたしは砂の忍。命令を受けてない、帰途にある忍。あたしにできるのは、こいつの言葉を信用する事だけだ。
どちらともなく、あたしたちは唇を重ねた。一度、二度。そして額を触れ合わせたまま、あたしはちょっと皮肉まじりの言葉を囁く。
「煙草の味がする」
「嫌いか?」
「ああ、すごく嫌だ」
「……すぐに忘れるさ」
あたしの感情に動揺が走ったのを見て取ったのか、シカマルはすぐに「先生の仇をとったら、すぐに止めるから」と言葉を足した。
でも相手は暁だ。もしこいつが戻ってこなかったら、あたしはこのキスを、この味をすぐに忘れられるんだろうか。行くんじゃない、と言いたかった。でも言えなかった。あたしの弟は戻ってきてくれた。でもこいつの先生は、もう二度と生徒に対して笑いかけはしないんだ。
「シカマル」
「何?」
「これが最後じゃないからな」
「当たり前だろ」
お互いの顔の顔が近すぎて、シカマルの瞳は覗けない。それでもいい。今のシカマルの眼はあたしの知らない男の眼だ。戦いに行く男の眼だ。あたしはこいつの決意を邪魔したくない。だから見ない。
ただもう一度だけ、唇を重ねる。
「じゃ、行くわ」
そしてシカマルはあたしから身体を離した。いつのまにか骨張った感触が目立つようになっている奴の右手が、そっとあたしの頬を撫でた。
シカマルがいなくなった部屋の床に、一本だけ落ちている煙草を見つけた。あたしはそれを拾って小物入れの中にしまうと、砂の里への帰途についた。もし…… もし、あいつが帰ってこなかったら、あたしは人生でたった一回だけ煙草を吸うかもしれない。あの苦い味を忘れないために。
けれど、そうならないことを祈った。強く、とても強く。
あとがき
かなり初期のものです。
すっきりまとまったので、実はお気に入りです!